大判例

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京都地方裁判所 昭和53年(わ)884号 判決

【主文】

被告人に対し刑を免除する。

【理由】

(本件犯行に至る経緯)

被告人は昭和二三年京都市○○区において父甲野太郎、母花子の三女として出生し、地元中学を卒業したが、そのころ丙野乙郎(昭和二〇年二月一二日生)と知り会い、昭和四二年三月京都女子高等学校を卒業し、さらに○○○○商事、○○電気製作所などに事務員として勤務する間も同人と交際を続けていたものであるが、同人は交際を始めた当時から定職をもたず、昭和四五年ころにはタクシー運転手の資格を得たもののその後も真面目に働こうとせず、そのうえ性格的に異常なところがみられ、ノイローゼ状態になつたこともあり、また被告人に対ししばしば凶暴な暴力をふるうことがあり、同年ころには被告人が右丙野に殴られて左目に網膜剥離を起こし、何とか失明を免れるほどであつたため、被告人の家族は右交際に強く反対し、被告人自身も右丙野と別れようと何度も決心したが、同人はこれに対し被告人に暴力をふるい、あるいは自分の指を切り取つて被告人のもとに届けたり、被告人の家族の前で刃物で自分の胸を突いたりなどして拒んだため、被告人は交際を続けるほかなかつた。

被告人は、二回中絶したのち昭和四七年に妊娠したのを機会に、右丙野がたち直ることを願つて同人と結婚することを決意し、同四八年二月に家族の反対をおしきつて入籍し、本籍地で同居生活を始め、同人との間に長女丁(昭和四八年七月二九日生)、長男戍(昭和五一年三月九日生)の二子をもうけた。しかしながら、右丙野は結婚した後も被告人に対し日常的に凶暴な暴力をふるい、このため被告人の左目は遂に失明してしまつたが、被告人が右暴力に抵抗したり逃げ出したりすれば、ますますエスカレートするばかりであつたため、被告人は右丙野の暴力がおさまるまでひたすら耐えるほかなかつた。そのうえ、同人は、被告人が働くように頼んでも暴力で答えるばかりで真面目に働こうとせず、給料自体が生活費にも満たないところに、同人が競馬や飲酒のために週に二万円、三万円と持ち出していくため、被告人が育児のため働きに出られなくなりさらに被告人の失業保険が切れた後は、被告人は生活費を借金で補うほかなく、それでもしばらくは親族や知人に頼つていたものの、遂にサラ金に手を出し、昭和四九年夏ころ五万円借りたことから始まつて、サラ金からの借金はみるまにふくれあがつていつた。しかし、被告人は右丙野から「利息のつく金は借りるな」と強く言われていたため、右借金については固く秘密を守つていた。

昭和五三年五月ころにはサラ金からの借金は二百数十万円にもふくれあがり、被告人は進退窮まつて実姉甲野浪子や、右丙野の実母冬野すえ子らに相談したが、同人らからまず右丙野にうちあけ、同人が生活費だけでも家へ入れるようにならなければ解決の方法がないと言われたため、同月五日に右丙野に話したところ、同人は被告人を責めて殴る蹴るの暴行を加えるばかりであり、翌六日右冬野方で被告人および右丙野の親族らが集まつて相談し、右丙野の義父冬野草夫が九〇万円を出すが残りは被告人が働いて返済していくことに決まり、被告人は右五日に負つた傷の消えた同月二二日から「(キヤバレー)」でホステスとして勤務したが、右丙野は真面目に働くどころか口臭がするなどと言い、同月二六日から検査のために同市伏見区の大橋病院に入院してしまつた。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五三年六月四日午後一一時五〇分ころ「(キヤバレー)」での勤務を終え帰宅するに際し、翌五日午前零時三〇分ころ京都市○○区○○○荘冬野すえ子方へ、預けていた子供を引き取るため立ち寄つたところ、入院中の右丙野が突然現われ、被告人をにらみつけて「お前今晩まともに帰れると思とるんか」といい、被告人に対し殴る蹴るの暴行を加え、二人でタクシーで自宅へ向う途中も同車内で右丙野は被告人に対し「ホステスみたいなことをしやがつて」「子供が可愛想や」「金は何時返すんや」などと難詰しながら右同様の暴行を加え、さらに右丙野は運転手に指示して同区淀樋爪町六〇八番地羽束師排水機場正門東南24.6メートル桂川右岸堤防上までタクシーを乗り入れ、同所路上において、右丙野は被告人に対し二〇分から三〇分にわたり、「ここで二〇〇万直ぐ積め」とか「ホステスなんかしやがつて子供をどうするんや」などと怒号しながら殴る蹴るの暴行を加えたが、被告人は右暴行がエスカレートするのを恐れて全く抵抗せず「ごめん、もう帰ろう、勘忍して」と帰宅を促すばかりであつたところ、右丙野は右暴行のうえ、突然「死ね」と言いながら素手で被告人の首を強く締めてきたため、被告人はこのままでは殺されてしまう、でも死んだら子供は、借金はどうなるだろう、今は死ねない、殺してやろう、中途半端であれば自分が殺されると思い、突差に殺意を生じ、同日午前一時ころ同所において思いきり右丙野の胸を両手で押して突き離すや、手を離して後へよろめいた同人に対し、被告人がたまたま血を拭くために手に持つていたぬれタオル(昭和五三年押第三〇四号の一)をとびつくようにして右丙野の首にかけ、交叉したタオルの両端を強く引つ張つて同人の首を締め、同人が後に仰向けに倒れても右タオルを離さず同人に覆いかぶさるように一、二分締め続け、ふとタオルから両手を離したところ同人がうつとうめき声を出したので、再び夢中でタオルを両手で握つて一、二分締め続け、よつてそのころ同所において同人を窒息死させて殺害したものであるが、被告人の右の行為は急迫不正の侵害に対し自己の権利を防衛するため巳むを得ず行つたもので、防衛の程度を超えたものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)<省略>

(法令の適用)

被告人の本件所為は刑法一九九条に該当するので所定刑中有期懲役刑を選択し、なお、右所為は過剰防衛行為であるから、同法三六条二項を適用し、その刑を減軽または免除すべきところ、本件の情状につき考えるに前掲各証拠によれば、本件は被告人がタオルで首を締めてその配偶者を殺害したという事案であつて、被告人の刑責は誠に重大ではあるが、右行為は被告人が被害者からの生命の危険にさらされて、やむを得ず行なつたものであり、防衛の程度を超えたとはいえ、本件犯行に至る経緯、被害者のなした暴行、本件犯行現場の状況等からみて、被告人は極限にまで追いつめられ、被害者に対する非常な恐怖に加え、興奮、狼狽、さらにはそれまで耐え忍んできた同人に対する憎悪、憤激のあまり、同人が意識を喪失してもなお夢中で同人の首を締め続けたもので、この点には誠に情状酌量すべき余地があるといわざるを得ず、さらに被告人は本件犯行現場からまつすぐ伏見警察署に出頭し、自首していること、そもそもこのような事態にたちいたつた原因の大半は被害者にあると考えられるところ、被告人は同人の暴力に耐え忍び、生活苦に追われながらも、本件犯行までは真面目な一社会人として生活してきたと考えられることなどか認められ、以上の事実を考え合わせれば、被告人に対しては刑を免除するのが相当である。

よつて主文のとおり判決する。

(村上保之助 藤川真之 末継順子)

<控訴審判決>

(大阪高裁昭五四(う)第一二一号殺人被告事件。昭54.9.20第五刑事部判決、控訴棄却・確定、原審京都地裁昭五三(わ)第八八四号、昭53.12.21判決)

【参照条文】刑法三六条二項・一九九条

【説明】

前掲判決と同一事件に対する控訴審判決であつて、量刑不当を理由とする検察官控訴が棄却され、過剰防衛により刑の免除を言渡した一審判決が確定した。

【理由】

論旨は、量刑不当を主張し、原判決は、被告人がその夫丙野乙郎(当時三三年)の頸部をぬれタオルで締めつけて窒息死させた、という殺人の公訴事実に対し、大筋において公訴事実と同旨の事実を認定したうえ、被告人の所為は過剰防衛に当るとして、懲役四年の求刑に対し刑の免除を言渡したが、原判決の量刑は、刑の免除を言渡した点において著しく軽きに失し不当であるから、原判決を破棄したうえ更に適正な裁判を求める、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して、次のとおり判断する。

本件は、原判決が詳細に判示するように、定職をもたず性格的にも異常なところもあり、交際中の被告人にしばしば凶暴な暴力を振いながら、自分の指を切つて届けるなどして強く執ように結婚を迫つた前記乙郎と別れることもならず、家族の強い反対を押し切つて結婚し二児までもうけた被告人が、結婚後も乙郎が日常的に凶暴な暴力を振う一方仕事を怠け飲酒や競馬等に金をつぎ込むため、いわゆるサラ金から借り受けた債務の弁済や家計の足しに止むなくホステス勤めに出るようになつて間もない昭和五三年六月四日の夜、勤め帰りに預けた子供を引取りに立寄つた同人の実母宅に姿をみせた乙郎から、種々難詰、乱暴されたのに続き、深夜、原判示の桂川堤防上に連行されたうえ、約二、三〇分にわたり全身に殴る蹴るの手ひどい暴行を受けたのに続き、死ねといいながら手で強く首を締められたため、このままでは殺されると思い、咄嵯に殺意を生じ、同人の頸部をぬれタオルで締めつけ窒息死させて殺害したが、被告人の右所為は過剰防衛に当る、という事案であり、本件犯行の罪質、動機、態様、結果の重大性、ことに、被告人は、被害者の急迫不正の侵害に対する防衛意思に止まらず、長年うつ積した同人に対する憎悪、憤激の心情も加わつて反撃行為にで、首を締められ転倒後は抵抗らしい身動きをしなかつた同人に対し、確定的殺意をもつて絞頸行為を継続し、遂に同人を殺害したものであること等にかんがみると、被告人の所為が過剰防衛に当るとしても、なおその刑責の重大なことを主張する検察官の所論には、多分に傾聴すべき指摘を含むものと考えられる。しかしながら、他方、原判決が詳細に認定する、本件犯行に至る経緯、犯行の動機ないし原因、被告人が被害者から受け急迫不正の侵害の態様程度等を含む犯行の状況等、ことに、被告人は、乙郎からの長年に及ぶ左眼失明をもきたしたような激しい暴行を伴う虐待にも耐え、生活苦の中に子供二人の養育と家庭の維持に努めてきたのに拘わらず、事件当夜、同人から従前の凶暴さにわをかけた狂気のごとき暴行を受け頭部顔面打撲挫創をはじめ全身にわたる打撲擦過傷を蒙つたうえ、首を手で強く締められたこと、深夜人気の全くない前記堤防上で行われたこの絞頸行為は、その行為の態様とその前に行われた暴行の激しさなどからみて被告人をして生命の危険を感じさせるに足りるものであり、現に被告人は、このまま放置すれば殺されると思い、肉体の苦痛と死の恐怖による極度の興奮、狼狽の心理状態のもとで、自己の生命を防衛するための咄嗟の反撃行為として、夢中で同人をつき離したうえ、一瞬の間にたまたま手に入つたぬれタオルでその首を締め続けたものであること、したがつて、その際、自己の生命に対する防衛意思のみでなく、これまで耐えしのび、うつ積した憎悪や憤激の情が入り混つていたにせよ、またそれが防衛の程度超えたものであつたにせよ、これを強く批難することはできないものといわねばならないこと、被告人は犯行現場から伏見警察署に直行し自首していること、その他原判決が量刑事由として摘示する諸事情を含め、諸般の情状を斟酌すると、所論指摘の諸点に十分の考慮を払つても、被告人に対し刑の免除を言渡した原判決の量刑が、不当に軽きに失するものであるとまでは考えられない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により、本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

(石松竹雄 岡次郎 久米喜三郎)

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